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ピンクのユニフォーム [スポーツ]

あのピンクのユニフォームを買う人なんているんだろうか…なんて思っていたら、むしろピンクの方がいいんじゃないか!と思い始めた今日この頃。

 

応援すること、野球場で選手と一つになること、そのために必要だったユニフォームなりなんなり。それはやっぱり共有と言うか、帰属と言うか、チームが自分達をも勝利という一つの快感をもたらしてくれることに喜びを感じるために、必要不可欠なものであって。「その空間で着ること」がとても重要で、そうであればあるほど、ユニフォームは突飛でいいような気がして。誰もその服を次のデートの時に着て行こうと買うわけではないし、この先何回着るかなんてところに本質はないんじゃないかと!

ううん、あたりまえのことですね。。。

はてさて、日本シリーズはせめて6回戦くらいまでいってほしいものです。


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ひらめ筋 [スポーツ]

スポーツの秋ということだけじゃないにせよ、ひらめ筋がゴールデン進出しまして。これはやっぱりスポーツというものの人気と現状をかなり的確に表しているんじゃないかな…と考えるわけです。スポーツのエンターテインメント性、それを尽く拡張したものが、この番組なり、Dリーグなりなんじゃないかと!

 

例えばテレビで人が見たいのは、中村俊輔の鮮やかなフリーキックであり、清原の豪快なホームランであって、その一瞬というものの快感が人を惹き付けているんですよね。もちろんそれは、見る人の目の肥え方によって、駒野のカバーリングや石井琢朗の粘るファールなんかに派生したりしていくんですが。今までのスポーツ中継なんかではそういったスポーツの奥深さに向けての深度しか伝え切れていなかったような気がします。「やっぱりここでこういうプレーがでるんだよなぁ。」という面白さみたいな、松井大輔のいらんこととか、福原のサイン違いとか、そういう部分のみしか残されなくなって(いや、そういう部分も大変面白いんですよ!)、興味のない、あるいは分からない人にとっては見る価値を見出せなかったと思います。

そこにこのひらめ筋がでてきたわけですね。スーパードッジという展開の速い競技に加えて、芸能人が面白くかつ真剣に取り組むエンターテインメント性が、新しいスポーツ番組として非常にいい所を突いていると思います。視聴率が取れるかどうかは分かりませんが。。。期待しております。


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阪神タイガースと少年。 [スポーツ]

例えば、その、阪神タイガースが負けて、その悔しさという衝動に駆られて、ある少年がバットを持って家を飛び出し、暗闇の中で思いきり素振りをしたとしましょう。その時、彼は何を求めているんでしょうか。

 

道頓堀に飛び込むとか、優勝が決まった瞬間にありったけのメールを送るだとか、そういう部分ともまた違って。スポーツは人の限界を拡張して夢を見させてくれる…、と思いながらいろいろ考えると見えてくるもの。それはやっぱりある種のヒーロー性だとか、自分が応援したことで「勝利」という目に見えたものが手に入るという単純さだとかに終止すると思うんですよね。

で、よく言われること。「『日本頑張れ!日本頑張れ!』と、応援しているお前達が頑張れよ。」なんて。確かにこれにも一理あるかもしれないんですが、でもやっぱりそういうことを言う人は、全体を見られていないような気がします。もちろん、そのチームが勝ったところでその人の手柄になるわけでもないし、その人自体は結局、新しい情報を作り出さない一大衆になってしまっていることに違いはありません。でも、そういう考えは強い人だからこそ持ちうる考えなんじゃないでしょうか。別に、野球チームやサッカーチームを応援している人が全員弱い人だとか、そういう人だと言うんじゃなくて、そうやって娯楽に留まらないレベルでスポーツを愛している人に、他人に自分の感情を預けてどうすると言うのはナンセンスだと思う。

 「『金本頑張れ!』って言う前に、お前が頑張れ。」という風に言うことがいかに無恥か。冷めた目で「またバカな人たちが川に飛び込んでるよ」と見る前に、日本チャチャチャと繰り返す集団を侮蔑する前に、その人たちがどういう思いでスポーツを消化しているか、きちんと考える必要があると思います。まぁでも、他人に迷惑をかけている時点でダメなんですが、きっかけにするには十分すぎると思います。

そして、少年は大きくなって、阪神タイガースに自分が何を求めていたか考えます。一通り考えて、またバットを持って家を飛び出し、暗闇の中素振りをしましたとさ。おしまい。


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甲子園という空間③ [スポーツ]

キャプテン林君のアップと、その後ろの夏空が途方もなく輝かしかったですね。ヒーローインタビューで、「最後に皆さんに一言」と言われた後、二、三度ついた呼吸が、全てを集約しているような気がしました。

 

 甲子園の持つドラマ性、それを余すところなく見せてくれるのが実際の中継で、良いか悪いかは分かりませんが誇張して見せてくれるのが熱闘甲子園で。実際の試合も熱闘甲子園も見てしまう人、熱闘甲子園しか見ない人、両方見ない人…ときて、実際の試合しか見ない人っているんでしょうか。もちろん、実際の試合は先に書いた「余すところなく」という点で、それだけで楽しめるものなんですが、やっぱり切っても切れない関係が出来ていると思うんですよね。

無論、「結果」を知ることを求めて見るのが一つの意思でしょう。しかしそれだけなら5分間のニュースでも十分なはず。では人はなぜあれほどまでに熱闘甲子園を見てしまうのか。やっぱりそれはスポーツのドラマ性に尽きるんじゃないでしょうか。と言ってもそのドラマ性はハイライトに見られる「瞬間の輝き」ではなくて、過程を踏んだ中に見えてくるドラマ性なんですよね。もちろん実際の試合を見るだけで感じられればそれが一番なんですが、それだけでは知りえない情報を熱闘甲子園は提供してくれる。よくよく考えると、誇張されているのはハイライト部分だけで、それ以外のことは全て忠実に伝えられているだけかもしれない。人が実際の試合で見た場面、選手の背中の記憶に、午後11時から次々と提供される情報を投影して感動しているのかもしれない。

野球じゃなくてもそう、瞬間的な輝きと、瞬間的に輝くまでの影、その二面両方共に人は、感動する。

知り合いでもない、同じ地域でもない、それなのに目頭が熱くなる。そんな不思議な体験を、甲子園はさせてくれる。

はてさて、もう夏も終わりですね。


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野球場 隣は何を する人ぞ [スポーツ]

その、野球場で何をするかは人それぞれなんですが。野球場という娯楽施設をどうやって人は消費しているのか。

俗に言う天王山、8月は10日の阪神タイガース×中日ドラゴンズを観戦しまして。万博一日目の夜にナゴヤドームというハードなスケジュールの中へとへとになりながら見ていたんですが。前日に負けてしまった阪神タイガース、首位陥落の危機/中日の影が0.5ゲーム差にまで迫ったという、何ともいい日のチケットを取っていたなと、結果的にそうなったわけです。

ドーム球場はある意味快適で、クーラーもついていて暑くないし、きれいだし、でもやっぱり甲子園での高校野球と比べると、少しさめざめとした印象を受けざるをえないんですよね。野球観戦に来ているんですけど、どこかこう、ちょっと高貴な、高貴じゃないか、「野球を見に行こう!」って言って見に行く野球じゃない気がするんですよね。空気に直に触れている感覚であったり、こういうとロマンティックですが選手と同じ空の下で空間を共有しているみたいな、そんな体験なりを私たちは望んでいるんじゃないんですかね。そういう意味では、ドーム球場はテレビの延長でしかない気がするような…、言いすぎかもしれませんね。でもやっぱりそれに近いだけの差は、屋根の無い球場とドーム球場の間に横たわっていると思います。やっぱり、みんなと一体になって、選手とも一体になって、頑張って大きな声を出して勝とうとするのが、楽しいんですけどね。ある種のお祭り性、テレビの前で自分ひとりで盛り上がっていてもしょうがないですから、皆で盛り上がるという非日常を経験しに人は球場へ足を運ぶのかもしれない。サッカーなんかでよくある「駅前に大型ビジョンが設置され…」というレベル、そのレベルでの観戦がドーム型球場の持っている味、じゃないかと。

もう一つ、これはもう個人の野球の楽しみ方なので何とも言えないんですが、隣で阪神タイガースを応援しに来ていた人を少し観察していると、イニングの終わるたびにケータイ電話を取り出して何やら読んでいるんですね。で、イニング毎に逐一チェックするので気になって横から見ていると、「阪神タイガース実況掲示板」なんてものだったんですね。何なんでしょうこれ。

てっきり他球場の結果を見たりだとか、友達とメールしたりだとかだと思っていたんですが…。掲示板には「金本キター!」「福原やばい!」なんて無意味な叫びがあったりするだけなんですよね。書き込んでいたのかは分からないですが、そこに何の意味があるんでしょうか。結構考えたんですけど分からない。球場に来て、同じ球場で見ている人と共鳴したいなら、一緒に応援して一緒にガッツポーズして一緒に落胆すればいい話で。あるいはケータイで外の世界と繋がって「今球場にいる自分」を確認したいのかもしれない。とすると、それこそさっき書いたようなテレビの延長としての自分が球場という空間にいるだけになってしまう。いやはや隣は何をする人ぞ。

 最後に、これはもっと仕方が無い。後ろの席の人が精一杯応援していらっしゃったんですが。「誰もお前を止められぬ~♪桧山~よ突っ走れ~♪」とか、選手のヒッティングマーチを大声で歌って下さるのは大変良いのですが

 

音痴なんですね。

 

「鳥谷た~か~しぃぃぃぃ~」とか

「ら~いとすたんどへ~ぇぇぇ」とか

ひどいんですよね。

いやはや、野球場、隣は何をする人ぞ。

でもやっぱり野球はいいものです。簡易オリンピックなんて言うと怒られそうですが、ある種の身体拡張と空間共有をしに、野球場へ行こう!


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甲子園という空間② [スポーツ]

で、甲子園という空間がいかに”カラフル”な場所であるか、そういう視覚的なイメージも含めて一つのシンボルになっているんですよ。

この先何十年経っても、オゾン層がある限りは、青空の下で白球を追いかけるのが「高校野球」というものであって欲しいし、ドームなんかで行ってしまうとそれはその意味を全て消し去っている気がする。要は高校野球は「試合をする」ことによって生まれる球場での「空間経験」が一番の本質であって、「お客さんを楽しませる」ことに特化して、雨天中止を嫌うべきものではないから、ですよね。

テレビ、新聞に載る甲子園は常にカラフルで、緑/茶/青/白という大まかなレイヤーの上に、選手のユニフォームがきらめき、校旗がひらめき、スコアが光り、ボールが走り回る。人工的ではあるけれど、しかし逆に極めて人間的な空間であることが、その視覚的刺激から感じられる。甲子園は、綺麗。晴れ晴れとした空と、高校生達がつくる人間的な「色」は、言葉を必要としない。スポーツを通して、客が楽しむのではなく、自分達が試合を消化するのではなく、双方が作り上げるものとしての甲子園という空間が、強く人を惹きつけて止まない。

 

無垢な高校生が、お金やそういうもののためじゃなくただ純粋に「勝ちたい」そして応援してくれた人に「恩返し」をしたい、野球に一生懸命に取り組んでいる様子に、人は忘れていた何かを感じて、投影して、応援する。そうして、自分がいた郷土あるいは高校生という漠然とした思い出に、懐かしさを感じ、心を洗う。それはある種、他の経験、映画を見たときや小説/文学を読んだとき、音楽を聴いたときなどに感じるものと何ら変わらないんですよね。しかし高校野球はまだ「未完成」「未定」であるからこそ、さらに人は惹かれるんですよ。筋書きの無いドラマ、スポーツという機能を通して、楽しむだけではなく何かを得ている、それが観戦する側にとっての高校野球なのかもしれない。結末の分からない長編映画が、長い長い小説が、夏に日本全土を虜にしていると思うと、なかなか面白い。

と書いてきたことからすると、明徳が辞退したことは甲子園という空間全体にとっては、それほど影響があるとは思えないんですが、でもやっぱりそこに関わる人たちにとっては投影する対象であったはずのものが無くなってしまったという意味で、大変残念なことなのかもしれない。誰にとっての主人公か、それは彼ら主人公が考えるべきことなのかもしれないけど、一つのシンボルとして自分達があるべき姿を、無意識にでも自覚しておくべきであったのは言うまでもない…んですよね。自業自得じゃ済まないってところに、マスコミはいらぬ価値を見出して。

ハイビジョンなんて下らなくて、要はそこに何が映っているかが大切で。情報の鮮明さよりもその意味、誰かにとっての意味こそが重要で。甲子園がきれいに映ろうが映るまいが、そこにある視覚的イメージこそが、高校野球の本質を一番に伝えている。


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甲子園という空間① [スポーツ]

智弁和歌山×青森山田!

抽選結果に一喜一憂する高校球児。盛り上がるのも分かります。わくわくしてきますよね。

秋田商×遊学館、明徳義塾×日大三。

大阪桐蔭はいいとこ引いたのかしら。

 

母校は残念ながら出られませんでしたが、日本人の数少ない郷土愛の発散の場。勝ち負け以外にもたくさんのものが詰まっていて、決して慣例化しないこの高校野球。なぜか知らないけど立つ鳥肌に、熱くなる目頭。プロ野球よりも面白いと言う人がいるのも頷けます。お金とかそういうレベルじゃないところで輝いてる人を見ると、やっぱりいいな、と思います。

これ、日本ですよねぇ。何か他の国にはない文化な気がして、いや、あるんでしょうけど、日本的なものとして立派に挙げられるだけの確固たる位置を、甲子園という場所は確立しているんですよ。”野球”の再確認ができる場所、ベースボールでない野球を、守り続けてくれているんですよね。地域密着型とか言いますけど、高校野球には敵わない。お盆休み、親戚のおっちゃんが「○○高校勝ったか?」と言うこと、それ自体がもう夏の風物詩になっていて。高校野球が夏の風物詩なんじゃなくて、そうやって8月の正午頃、扇風機の風に吹かれながらテレビを見ること、それこそが夏、なんですよね。

そんなことがこんなところに書かれていようがいまいが、誰が何と言おうが言うまいが、彼らはただ楽しんで試合をする。それが高校野球の本質。筋書きの無いドラマ!とかナンセンスで、そんなの言えば、全国の予選からしてもう全てドラマなんですよ。

娯楽じゃなくて、もはやスポーツでもないかもしれない、そんなある種の競技に、演じるのではなく、挑戦している。

白球に青い空、広がる地面には土と、そして映えた緑の芝、甲子園はやっぱり人をドキドキさせる。


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「今年はもらった!」 [スポーツ]

そういえばスポーツのことを何も書いてないような気がして調べてみると、ホントに何も書いてなくて。けん玉ってスポーツなのかしら。

友達から定期的に「今年はもらった」だとか「やっぱりダメかも」だとか、メールが送られてくるんですね。2ヶ月に一回くらいでしょうか。別に他の話題があるわけでもなく、挨拶があるわけでもなく、ただ文面に「今年こそは」と書いてあるメールが。基本的に無題で、ひどい時はタイトルに「今年はもらった」とだけ書いてあったりもします。

 

で、何の話かと。それは阪神タイガースなんですね。忘れもしない2003年9月15日(月)敬老の日、赤星のサヨナラ(以下略

弱いチームを応援したくなるという性分と地元ということもあって、応援し続けていた阪神タイガース。前日の勝敗の話だけでその日一日話し続けられたような時期もあって、その名残が今のメールにも繋がっているんだと思います。5人も6人もまるでチェーンメールのように阪神優勝を祝った気がするなぁ。

で、阪神タイガースは強くなったけど、バランスもよくなったし万年最下位だったころに辛苦を嘗めていた選手が脚光を浴びるようになって嬉しいけれど、どこかさびしいのは、やっぱりあの弱い頃応援していた懐かしさがそうさせるからでしょうか。「巨人が最下位になったら巨人応援せなあかんなぁ」と冗談めいて言っていたのが現実味を帯びてきたことを考えると、もはや「勝てるチーム/阪神タイガース」を応援したくなくなるかもしれない。

F1セブンと聞いただけで笑いがこみ上げてくるあなた、友達になれそうですね。そういう阪神タイガースが、好きだったのかもしれない。いや、藤川とか大好きなんですよ、ホント。でもね、どこかで冷めてる部分があったりして。

それでもまた、彼からメールが届く。

「今年の阪神、去年とは一味違うわ。これは優勝いただきやね!」


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