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例えば誰か一人の命と。 [雑記]

例えば誰か一人の命と、引き換えに世界を救えるとして、僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ。なんてミスチルは歌っていますが。愛すべきたくさんの人たちが、僕を臆病者に変えてしまったんだ。

それはそれで一つ、そうやって自分の周囲との関係性に思いを馳せたりするのも良いことなんですが。これを逆に考えてみること。

例えば誰か一人の命と引き換えに、世界が救われる。これはすなわち一人が確実に死ねるということになるんじゃないかと、思うわけですよ。確実に何のしがらみもなく、死ぬことに理由が出来る。もし実際にこんなことがあったら、一人の命と言わず何人もの人が死にたがるでしょう。もちろん全員が全員なんてわけじゃないですが、一つ使命を負えるということ、理由が存在するということで死が肯定されれば、喜んで命を落とせる人がたくさんいる、と思います。

「死んでお詫びを致します」と言っていた時代、日本人は死よりも恥に重さを感じていましたが。死ぬことの価値は必ずしもその人の価値に因るんじゃなくて、その死自体が持っているものに起因するのかもしれません。簡単に死ねない人は、その人自体の理由、意味も少ないのかもしれない。


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